「痛スガスガしい内観」

今回初めて「内観」なるものに参加させていただきました。数ある中でも友人が勧めてくれた蓮華院誕生寺という名称、そして参加する日が私の誕生日であることにご縁を感じ、生まれ変わってこようと思い参加しました。

3つの質問については、友人や参加した人から聞いており、良い問いだなあと思っておりましたが、実際その場でどんなものがおりてくるかは、やってみないと分からないことで、少し楽しみでもありました。

最初に説明があり、携帯を預けた際は、しまったと思いました。ここまで本格的に外部と遮断されるとは思っておらず、まわりには言ってきたものの、まったくのメール等の1週間の遮断というのは初めての経験でして、色んな準備の不手際や不足が気になり、後悔致しました。

初日は自分史の作成、お風呂、食事の後、夜よりいよいよ内観が始まりました。
とてもゆっくりと過ぎていく1分、5分の長い事。

母に対する内観からでしたが、母については4年前に和解しておりまして、今は憎しみも恨みもなく、何度か今までも自身を振り返り反省をしていたのですが、小学校低学年、高学年、中学と区切って、遮断された空間の中、一つ一つ向き合うのは辛い作業でした。

当時の思い出も出てきますが、「自分の言い分はとりあえず横に置いといて-----」という大山先生の言葉に従い内観していくと、少しずつ相手の立場と言いますか、感覚が解ってきたような感じもしました。

でも、自分が辛かった時代(憎んでいた時代)は、やはり痛いものがあり、思い出せない事も多く、早く思い出がいっぱい出てくる父の内観がやりたい、と思いながらやっておりました。

そして、父に対する内観。楽しい幸せな事が沢山思いだされてきます。がやはりそれでも、ひどい事をしたこともあり、胸を痛めました。

父はもう気が付くと70才です。今まで沢山助けられてきて、自然によくして頂いた事や、迷惑をかけた事など、日常シーンとして思い出すのですが、これもやはり区切って見ていくと、見落としていた事など、きたなかった自分が見えました。

こちらのお寺では、朝はお参りがありました。般若心経を唱えるのですが、正座が辛かったです。しかし、自分の経験上、同じ状況は続かないという事も知っておりました通り、2回目は楽になりました。正確にはやはり痛いのですが、その痛さが歩くたびに心地よいのです。内観も同じようなことが起こりました。

特に元の配偶者については、あまり向き合ったことがなく、内観で事実と向き合うたびにとても心が痛みました。しかし、痛いと同時に、その後少し楽と言いますか、スッキリする心地よさもあるのです。

自分の良心はきちんと知っている。でも、それを自分本位の言い訳で隠している。それを丸ごと長い時間向き合うわけです。そして、聞いて頂く。お参りの足の痛さと同じだなあと感じていました。

そして、お参りを重ねれば、痛さの後のスガスガしさ同様、内観も痛さとスガスガしさの大きさを味わうことが出来るように感じました。

誰にも話したことのない、もちろん自分でも認めていない、(でも、知っている)事も面接でお話しさせて頂きました。

1時間から1時間半に1回の面接は素晴らしいなと思うことがいくつかあります。まず言ったことに対し、否定も肯定もされない。ただ、事実として聞いて頂けるという事です。

これは日常あまりないことです。こわいけど受け止めてもらえる安心感があります。「言ってみようか?言ってみよう。」という気になります。

そして2つ目に、「だからどうしろとか、こうしなきゃいけない」ということもないという事です。

これが面接者の口から、あるいは、自分の口から言わなきゃいけないとなると、「でも、--------」と言い訳が、どうしても出てしまいます。それが出ないところに、痛さとスガスガしさが味わえると思うのです。

そして、自己・他己紹介、背景はいらない、言い訳もなし、事実のみ言う。これが難しいのですが、面接者もこれについて聞かない。

そして、事実のみ言えて聞いて頂いた時、やはり、あの痛さとスガスガしさがあるのです。

内観はその後、嘘と盗みという内容に進みました。これもあまり向き合ったことのない質問で、痛く、でも沢山のドクが出てきました。

そして、最後に再度、母についての内観。この頃は、15分、30分がとても早く感じました。正座同様慣れてきたのでしょうか、痛スガスガしさを沢山味わせて頂きました。

最後の夜は、人生計画で今後の目標設定がありました。私は、毎年、1年後、3年後、10年後、20年後の目標を立てて持ち歩いています。

でも、今年はあまり見ていませんでした。今回立てたものと見比べてみると、いくぶん今年の正月に立てたものと味付けが変わっておりまして、これも内観の成果かなと思っております。

長い時間おつきあい頂き、お世話になり、ありがとうございました。お参りの時教えて頂きました「とらわれない心」で、今後、人に物事に接していこうと思っています。本当にありがとうございました。

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【坂村真民詩集】

「みえるて・どんなん」

太陽が昇っても
電灯がついても
みえるて・どんなん?
いったいわたしたちは何を見
何を見ようとしているのだろう

目の見えない人が
本当のものを見
目の見える者が
つまらぬものばかり
見ているとも言えよう

みえるて・どんなん?
この盲児の短い言葉が
今暁のわたしの胸に
矢のように突き刺さった
師よこの眼を開かせたまえ

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『お母さんにしてもらったことは何ですか?』
        (サンマーク出版、大山真弘著、1500円)

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【名 言 集】
世界はそれ自体の実体を持っていない。心のはからいをなくす道を得なければならない。外の形に迷いがあるのではなく、内の心が迷いを生ずるのである。
(仏昇とう利天為母説法経)

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  1. 2016/02/24(水) 13:21:47|
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